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沿 革
志木市発展のもとは新河岸川・柳瀬川の合流地である市場によると言われています。これは江戸時代、正保4年(1647年)に川越城主松平信綱が新河岸川を改修し、河岸場を開き、舟運を通じたのに端を発します。引股河岸が開設され、当市は河岸を中心とした商業の町としての隆盛をみることになります。江戸、明治を通じて周辺近郊の農作物の大部分がこの市場に集積され、舟運によって南下し、荒川を経て浅草花川戸に運ばれていました。これらの船は帰路には東京の商品を満載して戻り、市場ではその交易の市がたち、経済文化の中心地として賑わったものでした。
その後、大正3年の東上線開通でますます活気を帯び、交通、経済の要衝地として今日に至るまで発展を続けています。一方、行政面においては明治22年町村制の施行とともに「志木町」が生まれ、昭和19年に到り当時の入間郡宗岡村、水谷村の両村と北足立郡内間木村とが志木町と合併し、「志紀町」となりました。しかし、この合併は昭和23年に分離解消され、昭和30年に新たに志木町と宗岡村が合併して「足立町」と町名を改めました。のち、昭和33年に朝霞市の一部を編入し、昭和45年10月26日、地方自治法の改正に伴って単独市制を施行、「志木市」が誕生し、平成12年に市制施行30周年を迎えました。
位 置
志木市は埼玉県南西部に位置し、東は荒川を隔てさいたま市に、西南は朝霞市・新座市および三芳町に、北は富士見市に接しています。面積は9.06Kuと小さくまとまり、地形は標高20m程度の平坦な台地(西南部のみ)と標高5m前後の低地からなり、気候はいわゆる表日本型です。都心から25q、東武東上線で池袋から20分の距離にあって、人口急増が続き平成20年10月には市の人口が70,000人を超え活気あふれる都市として発展を続けています。 |
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